2016年5月18日水曜日

平均年齢

地域:アジア
国:カンボジア
テーマ:戦争、紛争、虐殺、共産主義、少年兵

この写真をみてください。
何の写真でしょう?



河野さんがカンボジアでボランティア活動をしていた時に職場(職業訓練校)の先生、生徒と撮影したものだそうです。
何か気づくことはありませんか?

写っている人の年齢は何歳ぐらいだと思いますか?


カンボジアの国民の平均年齢はなんと23-24歳だといわれています。
(日本は45歳ぐらい)

職場ではなく、国民「全体」の平均年齢です。
どうしてだと思いますか?


カンボジアでは、40年ほど前にポルポトによる軍事政権(クメールルージュ)に支配された時代がありました。
医者、教師、看護師、僧侶、芸術家、歌手、踊り子などなど少しでも知識や技術を持つ人間は片っ端から殺されました。また都市部で眼鏡をかけている、外国語を話したというだけで知識人とみなされ次々に殺されました。正確な人数はいまだに判明していませんが、200-300万人、実に全国民の3分の1から4分の1がポルポト政権下で殺害されたといわれています。
多くの大人が殺害されていき、残ったのは多くの子どもたち。子どもたちは洗脳され多くが兵士やスパイになり、政権を支えました。
このような状況は政権が終わるまでの4年間続きました。

映画の中の話ではなく、実際にこの地球上で起きたこと。
宇宙人なんかの侵略ではなく、人間が人間を大量虐殺したという歴史。
目をそむけたくなるような話ですが、胸に刻んでおきたい、おくべき話です。


【話し手による補足】
※実施にあたって知っていてほしい背景知識

カンボジア内戦を引き起こしたポル・ポトは、「全民・全農主義」という思想を持っていました。それは究極の平等主義です。
今、日本はお金持ちもいればそうじゃない人もたくさんいます。それはいいことですか?
ポル・ポトはそれをとても不平等であると考えました。政治家も農民も平等に「畑を耕し、自分が食べるものは自分で作るべきだ」という思想を持ち、政権を勝ち取りました。
不平等を正し、よりよい社会が実現する!と村人たちが思っていたら、ある日、カンボジアの各家庭にいきなり軍人がやってきて「みんな家の外に出ろ」と広場に村人を集め、子どもと大人を引き離して別の場所へ連れて行きました。
なぜ、子どもを大人と引き離したか、わかりますか?子どもは大人と違い、いろんな経験をしていません。
「人を殺してはいけない」ということは当たり前のことです。でも、小さなころから「政府の意見と違う人間は殺すべきだ」という教育を受けたら、どうなると思いますか?良識のある大人(親)が周りにいたら「それは違う」と制止できたかもしれませんが、親と引き離され、「教育」を施された子どもたちはまんまと立派な政府のスパイや暗殺者になってしまいました。中には、自分の親や親類を殺してしまった人もたくさんいます。
内戦が終了したのち、カンボジアは少年兵として育ってしまった子どもたちに再教育をしようとしました。今まで「人を殺していい」といわれて、親まで殺した子どもたちがすんなり受け入れられたと思いますか?子どもたちは混乱し暴れたといいます。
また、カンボジアで生き残った知識層も数が少なく、再教育は非常に困難でした。
カンボジアの政府は内戦時に海外へ亡命した知識層を大臣クラスで呼び戻したいと要請しますが、親兄弟や親類を殺されている人たちばかりで「親の敵の為に働きたくない。特に少年兵の再教育なんてもってのほか」とカンボジアへの帰国を拒否しました。
こういった背景から、カンボジアの復興にはとても時間がかかっています。
*ポルポト時代に少年兵だった子どもたちは、現在40代です。立派にカンボジアを支えていますが、そのころのお話は禁句です。

【おまけ】
現在、カンボジアの町は若者と子どもが非常に多く活気に満ち溢れています。日本は静かで、住宅地に幼稚園を建設するというだけで子どもの声がうるさいと反対運動までありますよね。カンボジアは基本的に騒音に寛大です。子どもの声を騒音としてとらえるなんて日本は音に敏感なんだなぁ、と思います。

語り手/写真:河野菜津子
活動時期・形態:2007-2009 ・青年海外協力隊(織布)、2009-2011・カンボジアのスタディーツアーなど、2012-現在・カンボジア教育支援プロジェクトなど
聞き手:糀広大

【クイズの答え】
※FBから飛んできた方へ



答えはC.E.I.Kの四人でした。(Cは河野さん)
あっていましたか?
私は、先生も生徒も若すぎてわかりませんでした。

ちなみに、次の二つの写真は全員先生だそうです。


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